シニアとよばれて

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2010年 10月 13日

トマト一個 195円の時代

 最近の野菜の値段の変化にはビックリし続けている、軒並み高騰しているのは今年の厳夏のせいばかりでは有るまい。タバコ等の嗜好品が「値上げされる」事は色々な大人の都合の対象となる事は道理として解りはする、しかしトマトだ。
 缶に入っている「ホールトマト」は人の手や缶の費用も入って120円、捥いだだけの「フレッシュトマト」は195円、昔からこの缶と捥いだだけのものとは常に缶の方が安かった。其々にかかる人件費と流通とのかかわりの結果なのだろうがそれでも常に「フレッシュ」の方が価値があったのだ。

 資本主義とは何に「価値」を見出すのかが常に問題となり、そのバランスをマスの心理とがあいまってコントロールされてきた。人権は平等であることが理想とされてきたが、そのコントロールする側から言えば優先順位の低い、いや平等であってはならないものである事が分かる。
 よって資本主義自体、搾取する(食い物にする)対象が無ければ成り立たないシステムである事は良く言われる事だ。

 そしてトマト。赤くて生で食べられる、身体に良いフレッシュな一個が捥いで砕いて(砕いていないものもあるが)缶に入れられたフレッシュではない「料理用」の2個分程度の量が詰め込まれた手間のかかった「物」より価値が高いのだ。
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by nunuyoshi | 2010-10-13 02:35 | 考える葦 | Comments(0)


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