シニアとよばれて

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2012年 09月 18日

みんな、みんな夢の中。

 時代の心象と言うものが必ずその時、その時にある。そして「その時」ではないときから
それを見るととても理解できない事があるものだ。

 昭和44年という「その時」は女性の届かない恋(想い)を「どうせ夢だからね」と自分に
言い聞かせる心象で、今ではとても大衆歌謡(流行り歌)に乗らない
テーマなのだろうと思う。

 自分には届かない「夢」、でもあきらめられない「夢」、でも、やっぱりそれは
「夢」なのだとあきらめるではない「(分を)わきまえる」という意識だと思っている。
 「わきまえる」とはなんと身じまいの良い言葉なのかと思うのと同時に、この
昭和44年頃は高度成長期の絶頂期に差し掛かり、良い生活、安定した生活を「夢」みて
それこそ
「分をわきまえずに」突き進んだ時代でもある。
 「(分を)わきまえる」事を捨てていった時代、そんなことをおもいつつこの歌を聴き
少し口ずさんで見ると、とても切なくなるのは全くノスタルジーだけであるのかを計るには
何時から「夢」は「達成するべき目標」になったのか考える必要がある。



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by nunuyoshi | 2012-09-18 02:24 | 歌のこころ | Comments(0)


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